できることが、
ひとつずつ減っていったふうかちゃん。

自分で立つことが難しくなり、
歩けなくなり、
最後は、寝たきりの生活になりました。


▼ 前回の記事【2】はこちら 
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ボランティアトリマーさんに
お手入れしてもらったね

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毎日輸液もがんばったね!

そして亡くなる数日前からは、目を見開いたまま、身体をガタガタと震わせることが増えていきました。

今までとは明らかに違う。
もう最期が近いのかもしれない…

認めたくはなかったけれど、
どこかでそう思っていました。

何かしてあげたい!

でも…
できることはもう、それほど多くありませんでした。

身体の向きを変えること
楽そうな姿勢を探すこと

そばにいること
声をかけること
触れていること

それくらいでした…


2026年6月9日、朝

ふうかちゃんが亡くなる前日です。


この頃には、自分で排泄することもできなくなっていて、3日目を迎えていました。

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ふうかちゃんには、 少しだけ楽そうに見える姿勢がありました。

完全に横になるのではなく、 前足をクッションや私の膝、腕などにかけて、 身体を少し起こした姿勢です。

横になっていると、 なんだか苦しそうに見えました。
少しでも、この姿勢の方が楽なら…
そのままでいさせてあげたい。

そう思って、 身体がずれてしまうたびに抱きかかえて、 また同じ姿勢に戻していました。

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もちろん、「本当にこの姿勢が楽なのかな」 と考えることもありました。

でも、
ふうかちゃんはもう、教えてくれません。

私にできるのは、
呼吸の様子や、表情や、身体の力の入り方を見ながら、「たぶん、こっちの方が楽なんじゃないかな」 と考えることだけでした。



介護をしていると、 こういうことの繰り返しでした。
正解は分かりません。
もっと良い方法があったかもしれません。

それでも、
そのときのふうかちゃんを見ながら、 私なりに一番良いと思うことを選ぶしかありませんでした。

夜も、 ふうかちゃんの身体を支えながら、 私は座ったまま眠れる体勢を探しました。

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昼夜逆転していた時期には、ふうかちゃんは、夜中から早朝までかすれた声で吠え続けることもありました。

足腰が弱ってからは、 自分で思うように動けなくなり、起こしたり、寝かせたり、身体の向きを変えたり。

嘔吐や下痢があれば、 夜中でも早朝でも身体をきれいにして、また寝床を整える。
一度眠っても、 またすぐ起きる。
そんな毎日でした。


今振り返れば、
よく続けてこられたなぁ、 と思います。

でも、あのときは不思議なくらい、眠れないとか、大変だとか、そういうことはあまり考えていませんでした。
もちろん、身体は疲れていました。
眠かった日も、しんどかった日もありました。  

でも…

ふうかちゃんが苦しそうにしていれば、 その方が気になる…。私が眠りたいというより、 ふうかちゃんが少しでも眠れる姿勢にしてあげたい。

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ふうかちゃん、
この頃はまだこんな顔してたよね

保護された当初は、人に甘えることも上手ではなかったふうかちゃん。
触ろうとすれば怒ることもあったし、お世話をするだけでも大変なことがありました。

そんなふうかちゃんが、最後には私の膝や腕に身体を預けて眠っていました…


6月9日、夜。
ふうかちゃんと過ごす、最期の夜になりました。


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ふうかちゃんは、とても衰弱していました。
その夜は静かになっていました。

苦しそうに大きく息をしているというより、すやすや眠っているようにも見えました。
私は、ずっと隣にいました。

きっと最期が近い。
そのことも、なんとなく分かっていました。



この2年間、
介護でまとまって眠れる日は
ほとんどありませんでした。

でもその夜は、
ふうかちゃんが私を起こすこともありませんでした。
気がついたら私は、隣で2時間ほど眠ってしまっていました。


いつも早朝になると、昼夜逆転していたふうかちゃんのお世話を交代するために、家族が起きてきてくれていました。私ひとりだけで介護をしていたわけではありません。

夜中や早朝までお世話が続く中で、家族が起きてきて交代してくれることに、何度も助けられました。
その日も、いつものように家族が起きてきました。



6月10日 午前4時30分。
ふうかちゃんが旅立った朝。


家族が起きてきた気配で、私も目を覚ましました。
真っ先にふうかちゃんを見ると、あまりにも静かでした。動いていないように見えました。

「呼吸してないんじゃない?」
私がそう言うと、

家族が、「えっ!」

「ふーちゃん、ふーちゃん!」
と、大きな声で呼びました。

家族はそのとき、ふうかちゃんがあまりにも静かに眠っているように見えたので、起こさないように気をつけながら、部屋のカーテンを開けていたそうです。

でも…
ふうかちゃんは、もう動きませんでした。

「ああ、逝ってしまったんだ……」

そう思った瞬間、全身から力が抜けていくような感じがして、涙が止まりませんでした。


ふうかちゃんのカラダは、まだ温かかったです。


だから余計に、そこにふうかちゃんがいなくなってしまったということが信じられませんでした。

もう少し早く起きていたら…
あと10分でも、あと30分でも早く目を覚ましていたら、最期の瞬間に見送ってあげられたのかな…


これまで夜中に何度も起きました。
昼夜逆転してからは、声もほとんど出ないのに、ハァハァしながら手足をバタつかせ、吠え続けるふうかちゃんを、何時間も抱いたこともありました。

「お願いだから少し寝て」
なんて思った夜だって、もちろんありました。

なのに、
最後の夜だけ、
ふうかちゃんは私を起こしませんでした。


あれだけ何度も、
起きて!こっちを向いて!
身体を起こして!

と私を呼んでいたふうかちゃんが、
最後は本当に静かでした。
苦しそうに暴れることもなく、眠るように逝きました。

私が眠っている間に、静かに逝ったんだね…

あのとき私は、どうして起きていられなかったんだろう…という気持ちばかりでした。


でも今は、たまに少し違うことも考えます。
もしかしたら、
約2年間ずっと私を起こしてきたふうかちゃんが、最後の最後だけ、

「もう起きなくていいよ」
と言ってくれたのかな、
とか…

もちろん、
本当のことは分かりません。
私がそう思いたいだけなのかもしれません。

それでも、
最期まで苦しそうに叫び続けるのではなく、

人のいる家で
いつもの場所で
私のすぐ隣で
静かに眠るように旅立つことができた。

シェルターで孤独じゃなかったことだけは、
本当によかったと思っています。

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シェルターにいた頃

亡くなったふうかちゃんは、ふれると、まだ温かい。
いつものように名前を呼べば、また目を開けてくれるような気がしました。

でも、何度呼んでも、
もう目を開けることはありませんでした。

「ふーちゃん」と呼べば、良くも悪くも、
必ず何かしら返してくれていたのに。
急に、何も返ってこなくなりました...

頭では分かっているはずなのに、
気持ちが、まったく追いつきませんでした。

介護をしている間、私は何度も、
もっとこうしてあげられたんじゃないか?
これで本当にいいのかな?とたくさん迷いました。

亡くなったあとも、
もっとできたことがあったんじゃないか。
最期に起きていてあげたかった…

いろんなことを考えました。

きっと、どれだけやっても、
十分だった。なんて思える日はなかなか来ないのだと思います。


それでも、
歩けなくなったふうかちゃんを抱いて、
眠れない夜には身体を支えて、
食べたいときにはごはんをあげて、
汚れればきれいにして、
苦しそうなら何度でも姿勢を変える。

特別なことは、何もしていません。

ただ、
その日そのときの、ふうかちゃんに必要なことを、毎日繰り返してきました。

それが、ふうかちゃんにしてあげられた
最後のお世話だったのだと思います。

そしてこのあと、
私たちは、ずっと一緒に過ごしてきたふうかちゃんと、本当のお別れをします。


▶︎ つづく④