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ふうかちゃんが亡くなった早朝。
身体はまだ温かくて、
ただ眠っているように見えました。
ただ眠っているように見えました。
数時間前まで、私のすぐ隣にいたふうかちゃんが、もう呼吸をしていない。頭ではわかっているのに、どうしても受け止めることができませんでした。
すぐにお別れするのは寂しい。
できることなら、
もう少しだけ、このまま一緒にいたい...
このまま何日も待たせるのは、
かわいそうかもしれない…
だからといって、
身体をずっと冷やしながら火葬の日を待つことも、私にはつらく感じました。
スマホで霊園の予約状況を確認すると、その日から週明けまで、すべて埋まっていました。
どうしよう…
ふうかちゃんが亡くなったばかりなのに、もう次のことを決めなきゃいけない。
まだ何も考えたくないのに、現実の時間だけは、どんどん進んでいきました。
そのとき思い浮かんだのが、ペットの火葬車でした。これまでにも何度か、シェルターの子たちを火葬車で見送ったことがあります。
問い合わせると、すぐにお返事をいただき、その日のうちに来てくださることになりました。
今日、ふうかちゃんを見送るんだ…
そう思うと、苦しくて悲しかったです。
それでも、気温が上がっていく季節に、何日も待たせなくていいことに、ほんの少しだけほっとしていました。
火葬車が来るまで、
私はずっと、ふうかちゃんのそばにいました。
身体をなでたり
話しかけたり
また、なでたり。
話しかけたり
また、なでたり。
いつもしていたことなのに、
もう反応はありません。
毛を少し残しておこうかな、とも考えました。何か形に残しておけば、あとで少しは寂しくないのかもしれない。
でも迷った末に、私はそのままのふうかちゃんを見送ることにしました。
亡くなった姿を写真に残していいのかな…
静かに見送るだけのほうがいいのかな…
それも、何度も迷いました。
それも、何度も迷いました。
それでも、長い間ふうかちゃんを気にかけ、応援してくださった皆さまに、最後まできちんとお伝えしたいと思いました。
炉に入る前のふうかちゃんと、
ピンクのお花。
ピンクのお花。
ほんの少しだけ、写真に残しました。
最後に、何度も何度も伝えました。
毎日のお薬も。
輸液も。
思うように動かなくなった身体も。
思うように動かなくなった身体も。
本当に、よくがんばったね!
そして、ありがとう。
火葬が始まり、
ふうかちゃんの姿が見えなくなった瞬間、急にまわりの音が消えたように感じました。
静寂って、こういうことを言うのかな...
時間まで止まってしまったみたいでした。
そして、これまでのことが、
次から次へと頭に浮かんできました。
次から次へと頭に浮かんできました。
シェルターにいた頃のこと。
自宅へ連れて帰った日のこと。
一緒に公園へ行ったこと。
自宅へ連れて帰った日のこと。
一緒に公園へ行ったこと。
診察台から、私の胸に飛び込んできたこと。
「抱っこ、抱っこ」
と甘えてくれるようになったこと。
うまく歩けなくなった身体を、
何度も抱き上げたこと。
楽しかったことだけではありません。
噛まれた日も。
病院へ走った日も。
眠れなかった夜も。
病院へ走った日も。
眠れなかった夜も。
どうしたらいいのか分からず、
途方に暮れた日もありました。
それでも、その大変だったはずの時間まで、次々と浮かんできました。
もう、いないんだ…
まだすぐそばにいるような気もするのに。
ただ、本当に寂しかったです。
これまでにも、亡くなる動物たちを見送ってきました。
だから、命が終わるということを、何も知らなかったわけではありません。
もっと何かできたんじゃないか…
あのときは、本当にあれでよかったのかな…
あのときは、本当にあれでよかったのかな…
つらい思いをさせてしまったんじゃないか…
答えの出ないことを、
答えの出ないことを、
頭の中で何度も繰り返していました。
ふうかちゃんが亡くなったあと、
私は食事をほとんど受け付けなくなりました。
私は食事をほとんど受け付けなくなりました。
何をしていても、
突然ふうかちゃんを思い出す。
ふとした瞬間に、
何も考えられなくなる…
何も考えられなくなる…
悲しい、という言葉だけでは足りないくらい、ただただ苦しくて…
あの頃は本当に、絶望的な気持ちでした。
それでも…
ごはんを食べさせること。
排泄のお世話をすること。
お薬を飲ませること。
輸液をすること。
身体をきれいにすること。
寝返りをさせること。
抱っこすること。
毎日繰り返していたお世話のすべてが、いつの間にか、私の日常になっていました。
介護をしている最中は、大変だと感じた日も、もちろんあります。
眠れなくて、身体がつらい日もありました。
それなのに。
突然、その全部がなくなってしまうと、
ただただ寂しかった。
ただただ寂しかった。
本当なら、少し楽になったはずなのに
全然、うれしくありませんでした。
時間ができたんじゃなくて、
ふうかちゃんのいない時間だけが増えていく…
あれだけ大変だった時間まで、恋しくなってしまいました。
亡くなってから1か月くらいは、夜に寝ても、1、2時間おきに目が覚めていました。
少しでも物音がすると、ふうかちゃんに呼ばれたような気がして、身体が勝手に反応してしまうんです。
少しでも物音がすると、ふうかちゃんに呼ばれたような気がして、身体が勝手に反応してしまうんです。
出かけようとしたときには、
ふうかちゃんのお留守番は、誰が見てくれるんだろう。と一瞬考えたり、
外出先では、
ふうかちゃんが待っているから、早く帰らなきゃ!とか、輸液の時間だ!と思ったりしました。
でも、もういない...
ふうかちゃんがもういない現実を何度も思い知らされました。
介護が終わったというよりも、もう私を必要としてくれるふうかちゃんがいない...。
ただ寂しくてたまりませんでした。ごはんを待っている子がいる。
お薬が必要な子がいる。
病院へ行く子がいる。
新しい家族を待っている子がいる。
お薬が必要な子がいる。
病院へ行く子がいる。
新しい家族を待っている子がいる。
そして、一緒に活動している
仲間のボランティアさんたちがいます。
ふうかちゃんを失ったからといって、シェルターの時間まで止まってくれるわけではありません。
本当は、何もしたくない日もありました。
それでも、目の前には、今日のお世話を必要としている子たちがいます。
仕事と両立しながら、ひとつずつ、いつもの活動を続けてきました。
元気になったわけではありません。
悲しみを乗り越えたわけでもありません。
ただ、悲しみを抱えたままでも、目の前の子たちのために動くことはできました。
その子たちのお世話をする時間に、私自身も少しずつ支えてもらっていたのだと思います。
そうしているうちに、
ふうかちゃんを見送ってから、2か月が経ちました。
譲渡が決まると、やっぱりうれしいです。
シェルターを卒業した子が、
新しいお家で安心して眠っている写真。
ご家族と楽しそうに過ごしている姿。
そんな様子を送っていただくたびに、
「この子が幸せになれて、本当によかった」と心から思います。
私たちは普段、譲渡のお話をするときに、
「終生飼育」という言葉を使います。
「終生飼育」という言葉を使います。
最期まで責任を持って、その子と暮らすこと。
意味は、もちろん分かっているつもりでした。
でも、
ふうかちゃんを見送ってから、この言葉の重みを以前よりもっと考えるようになりました。
終生飼育とは、
元気で、かわいくて、一緒に遊べる時期だけを愛する約束ではありません。
元気で、かわいくて、一緒に遊べる時期だけを愛する約束ではありません。
年を取り、できないことが増えても。
病気になり、お金や時間が必要になっても。
夜中に何度も起こされても。
自分で歩けなくなっても。
病気になり、お金や時間が必要になっても。
夜中に何度も起こされても。
自分で歩けなくなっても。
それでも、
その子の家族であり続けるという約束です。
一緒にお散歩したり。
遊んだり。
一緒に寝たり。
写真をたくさん撮ったり。
一緒に寝たり。
写真をたくさん撮ったり。
どれも、とっても大切な時間です。
でも、その子がずっと
若いままでいることはありません。
若いままでいることはありません。
いつか年を取り、病気になるかもしれません。
そして、どれほど大切にしていても、いつか必ず見送る日が来ます。
想像していた以上に、大変なこともありました。
だから今、動物を家族に迎えようとするとき、
「この子がおじいちゃん、おばあちゃんになったときも、一緒にいられるかな」
そんなことを、
一度だけでも想像してもらえたらと思います。
最期のことを考えるのは、やっぱり悲しいです。
でも、別れを怖がるためではなくて、
「一緒にいられる時間には限りがある」
ということを心のどこかで知って、今日という日を大切にするためなのだと思います。
今日、一緒にお散歩に行けた。
名前を呼んだら、こっちを見てくれた。
いつもと変わらない一日だった。
そういう何でもないことも、
ずっと続くわけではありません。
動物たちは、私たちよりもずっと早く年を重ねていきます。一緒にいられる時間は、長いようでいて、振り返ればほんのわずか。
限られた時間の中にある、何でもない一日も、その一瞬も、かけがえのない宝物です。
ふうかちゃんは、本当にたくさんの方に支えていただきました。
体調を気にかけて、「ふうかちゃんのために」と届けてくださったものも、そのときどきの体調に合わせながら、日々のお世話に使わせていただきました。
すべてにお返事することはできませんでしたが、
何度も励ましていただきました。
本当にありがとうございました。
ご支援物資の中には、ご自身の大切な愛犬、愛猫さんが使っていたものを託してくださった方もいらっしゃいました。
その品物を見るたびに、
「この方もきっと、大切な子を最後まで一生懸命お世話されたんだろうな」
そんなことを思いながら、感謝の気持ちでお受け取りしていました。
「この方もきっと、大切な子を最後まで一生懸命お世話されたんだろうな」
そんなことを思いながら、感謝の気持ちでお受け取りしていました。
物だけではなく、その子への思いまで、ふうかちゃんにつないでいただいたような気がしていました。
大切なものを託してくださり、
本当にありがとうございました!
本当にありがとうございました!
シェルターにいた頃から、ふうかちゃんのお世話をしてくださったボランティアの皆さま。
決して、お世話が簡単な子ではなかったと思います。
触ろうとすると怒ることも、
噛みつくこともありました。
噛みつくこともありました。
体調にも、いろいろな問題がありました。
それでも、たくさんの方が見放さず、
長い間ふうかちゃんを見守ってくださいました。
心から感謝しています。
長い間ふうかちゃんを見守ってくださいました。
心から感謝しています。
怒っていても、昔のような怖さはなくて
むしろ、甘えん坊の赤ちゃんみたいでした。
むしろ、甘えん坊の赤ちゃんみたいでした。
人に甘えることを知らないように見えた子が、いつしか私のところへ来て、「抱っこ、抱っこ」と甘えてくれるようになりました。
「この人には甘えても大丈夫」そう思ってくれたのかな。あのときは、本当にうれしかったです。
「この人には甘えても大丈夫」そう思ってくれたのかな。あのときは、本当にうれしかったです。
私一人で、ふうかちゃんを支えてきたわけではありません。
家族がいて。
病院の先生方がいて。
ボランティアさんがいて。
支援してくださった方がいて。
遠くから応援してくださった方がいて。
病院の先生方がいて。
ボランティアさんがいて。
支援してくださった方がいて。
遠くから応援してくださった方がいて。
たくさんの人に支えていただいたからこそ、
ふうかちゃんと、ここまで一緒に過ごすことができました。
ふうかちゃんと、ここまで一緒に過ごすことができました。
それは、
最後まで分かりませんでした。
最後まで分かりませんでした。
最初に会った頃は、人をあまり信用していないようにも見えました。
おもちゃに興味を示さない。
しっぽも振らない。
触ろうとすると怒る。
そして、噛みつく。
しっぽも振らない。
触ろうとすると怒る。
そして、噛みつく。
「この子は今まで、どんな暮らしをしてきたんだろう」と思うこともありました。
それでも私は、
ふうかちゃんが大好きでした。
ふうかちゃんが大好きでした。
楽しいことだけではありませんでした。
大変だったことも、つらかったことも、たくさんありました。
大変だったことも、つらかったことも、たくさんありました。
でも、それも全部含めて、
ふうかちゃんと家族になっていった時間だったのだと思います。
一緒に過ごしてくれて、ありがとう。
身体はきっと、ずっとつらかったよね。
それでも最後まで、
本当によくがんばってくれました。
本当によくがんばってくれました。
怒った顔も。
眠っている顔も。
抱っこしてほしい顔も。
とびっきりの笑顔も。
眠っている顔も。
抱っこしてほしい顔も。
とびっきりの笑顔も。
全部、ちゃんと覚えてるよ。
ふうかちゃんと過ごした日々は、
「介護が大変だった数年間」ではありません。
「介護が大変だった数年間」ではありません。
たくさん笑わせてもらって。
困らされて。
心配して。
一緒にがんばりました。
困らされて。
心配して。
一緒にがんばりました。
最後には、
人を信じて、甘えてくれるようになって、家族になれました。
人を信じて、甘えてくれるようになって、家族になれました。
保護される前の犬生は分からなくても、少なくとも最後の数年間、ふうかちゃんは一人ではありませんでした。
ふうかちゃんを大切に思う人が、こんなにもたくさんいました。そのことが、どうかふうかちゃんにも伝わっていますように。
もし、お盆に帰ってきてくれていたのなら、
シェルターとお家の場所は、ちゃんと分かったかな。
シェルターとお家の場所は、ちゃんと分かったかな。
来年も、迷わず帰ってきてね。
ふうかちゃん。
大好きだよ。
またね。



























